佐藤可士和氏との出会い、そして人生の転機。
日本を代表するアートディレクター、佐藤可士和氏の妻であり、ご主人の設立した「SAMURAI」のマネージャーを務める悦子さん。ご主人との出会いは博報堂時代、同期との食事会の席でだったそう。
「同期の子がセッティングしてくれた食事会に主人がたまたま同席していて…。彼は当時、社内をスケーボーで移動し、髪は金髪で腰パンに鎖をジャラっと付けているようなスタイルでも有名でした。基本的に私が好きなスタイルではなかったのですが、出逢った第一印象はセンスが良い人だな…でした。5歳年上でキャリアとしても先輩でしたが、意気投合し、その後は自然な流れでお付き合いするようになり、1年間の婚約期間を経て結婚しました。社内恋愛でしたが、お互い全く関わりのない部署だったので支障はありませんでした」
結婚を機に退社。「当時の博報堂では結婚で退社する人はほとんどいなく、『寿退社なんてもったいない?』みたいな雰囲気がありましたね。でも仕事が深夜になる事が多かったので、そんな状態では新婚生活が楽しめないと思い、悩まず退社の道を選びました」 キャリアより専業主婦になることを選択した悦子さんでしたが、一転、「外資系化粧品ブランド『クラランス』の宣伝広報マネージャーをやってみないか」と元上司に誘われたのでした。「一度は家庭に入ろうと思ったのですが、興味のあるお仕事でしたし、私のペースで出来るかなとも思ったのでやってみることにしました。主人も『自分がハッピーでいられるんだったら良いんじゃない』と背中を押してくれました」
結婚と化粧品会社のPR職。悦子さんの新たな生活が始まる。「外資系のブランドだったので資料は全て英語。辞書片手に頑張りましたが、専門用語が多く、辞書に出ていない単語もあり理解するには時間がかかりました。英会話教室に通ったり、皮膚科学の専門本を熟読したり努力を積み重ね、少しずつですが自分の自信に繋げていきました」
その後ある女性との出会いをきっかけに同業他社の「ゲラン」のPRに転職する。「仕事の内容はそんなに大きく変わりませんでしたが、その女性に刺激を受け、一緒に仕事が出来ることに新たな喜びを感じていました」
その頃、ご主人は独立し、「SAMURAI」を立ち上げる。徐々にご主人の仕事が忙しくなり、悦子さんも「ゲラン」のPR職の傍ら、ご主人の仕事に関わるようになる。「主人に『ゲラン辞めて、サムライを一緒にやるのはどう?』と誘われた時は、展覧会のオープニングや本の出版などスケジュールが続いていて、面白そうだなと感じていた時でした。新しい分野でしたが、PR職と近いものがありましたし、二人のこれからの人生の事でもあったので、主人と一緒に働くことを決心しました」
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