LAに移った直後は闘いの日々
だからこそ家族の結束力が高まった!
いわゆるフツーのOLが、海を渡り、LAでエステサロンのオーナーに――。
20年前には想像すらしなかったと笑う亜希子さんだが、ここまですべて順風満帆だったわけではない。LAに移った直後は家族の誰もがつらい時期を過ごした。
「気候が良く、日系人の多いハワイで息子はホントにのびのびと暮らしていました。それが、LAでは人種差別もあり、なかなか友達ができませんでした。当時、息子は小学校3年生だったんですが、ストレスで過食になり太ってしまったほど。」
夫も新天地で多忙をきわめ、亜希子さん自身もサロン設立をめざして奮闘中。家族全員がそれぞれに“闘っていた”。
「あまりにも辛そうだったので、子どもには『ママとふたりでハワイに戻ってもいいんだよ』と言いました。でも、どうしても『帰らない!』って言い張るんです。あの子もあの子なりに闘っていたんですよね…。それを聞いて、『よし、ここで頑張ろう!』って覚悟を決めました」
なかなか時間を共にすることが難しい夫とは、子どもを学校に送り出した後、ふたりで朝食をとり、コミュニケーションの場を持った。息子の悩み、起業のこと、LAでの暮らし。限られた時間ではあったが、さまざまな事を語り合い、夫は支えてくれた。
「LAに移って1年ぐらいは辛かったですね。でも、みんなあきらめなかった。苦しい時期があったおかげで、家族の結束力は高まりましたね」
夫と子どものふたりに支えられて
夢に向かってどんどん突き進む
クチコミから徐々に評判が広がり、今や亜希子さんの「AQUA Beauty House」は人気サロンに成長した。子どももすっかりLAの生活に馴染み、今や大勢のチームメイトとともに野球に熱中する毎日。そして、夫のビジネスも安定し、休日ともなれば子どもと一緒に野球を楽しむように…。亜希子さん曰く、ふたりの関係は友達同士のようだとか。
「子どもが幼かった頃は、どっぷり育児中心の日々。でも、子どもが自立するにつれ、私自身も仕事を持つようになり、自立し始めたという感じですね」
とはいえ、学校や野球の試合の送り迎えなど、子どものために割く時間は多い。
「LAでは16歳で車の免許を取れるようになるまで、子どもの送り迎えは親が行うんですけど、これが大変! おかげで時間の使い方やスケジュール管理が上手になりました(笑)」
秘訣は“たくさんのリュックを背負い過ぎない事”。あれもこれもと無理に予定を入れず、時には引くことも大事。亜希子さんのスケジュール帳には、向こう2〜3ヵ月の予定がこと細かく書き込まれている。子どもの予定を基準に、自分の仕事を入れていくスタイルだ。
「結婚して20年近く。夫が私をここまで導いてくれ、成長させてくれたこと、本当に感謝しています。そして、子供は常に私に課題を与えてくれる。笑ったり、怒ったり、泣いたり、一緒に成長しているという感じですね。このふたりがいるからこそ、今の私があるのだと思います」
そう語る亜希子さんの夢は、今、どんどん広がっている。自然治癒力を生かしたオリジナルの植物療法を、LAだけでなく日本にも発信していきたい――。
「やりたい仕事が見つかったのだから、あとはそのまま突き進むのみです!」
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