戸惑う家族もやがて協力的に
この仕事だからこそ得たもの
ところで、ライターとなった恵美さんに対して、家族はどんな反応を示したのだろう?
「夫は、最初、冷ややかでしたよ。ライターの仕事は時間が不規則で、夜が遅いんです。昼間は取材や撮影で出歩き、夜の8、9時から会社で打ち合わせが始まるという感じなので、快くは思っていなかったですね。子どもたちは中2と小6で、それぞれ塾に通っていたので、それほど不満は感じていなかったみたい。夕飯の時間には一時帰宅して一緒に食べたり、朝のうちに朝食、お弁当、夕食の下ごしらえを作ったりしていましたから」
仕事に夢中になる妻と、それを快く思わない夫。よく耳にするパターンだが、恵美さんはどう対処したのだろう?
「それはもう超低姿勢!(笑)『好きなことをやらせてもらってありがとう!』と、つねに感謝の意を示しましたから、ケンカにはならなかったですね」
なるほど、恵美さんのほうが一枚上手!? しかしながら、家事をできる範囲で精一杯こなし、仕事においても着実に実績を残していく恵美さんを見て、ご主人も次第に変わっていく。
「キューバに長期出張するとき、お手伝いさんを頼もうとしたんです。でも、三人でなんとかやるから大丈夫って。しかも、出張中には『何も心配しなくていいから、いい仕事をして、元気で帰ってくるように』とメールまで! ずいぶん変わったなあ、と思いましたよ(笑)」
子どもたちも最初は母親がどんな仕事をしているのかわからなかったようだが、編集部を舞台にしたテレビドラマ『働きマン』を見てからは、「ママってカッコイイ!」とまで言うように。
「この世界に入ったことで、視野が広がり、ものの見方が変わりました。なにより子どもに対しておおらかになれましたね。それまでは“怖いママ”でしたから。中学に入れるまでは親の責任と思っていたので、勉強は絶対サボらせない! それが今では『そんなにがんばらなくてもいいよ』って言っちゃうほど(笑)。勉強だけじゃない。いろんな価値観があることに気付きました」
今後ライターとしてどう進むか?
新たな目標に向かって一歩一歩
わずか1ページを仕上げることにも四苦八苦していた恵美さんも、今では多くのページを担当し、今秋からはもう一冊、『美STORY』も手がけるようになった。ますます忙しくなったが、なるべく家族の揃う土日は休むように心がけている。
「そうしないと夫とのコミュニケーションはとれなくなりますから」
息子たちは成長し、それぞれの生活が大事になっていくと、夫婦の絆を大切にしたいと改めて思うようになった。最近では、二人で日帰り温泉に行くのが楽しみという。
さて、仕事もプライベートも順風満帆の恵美さんだが、正直なところ、ライターとして今後どうあるべきか模索中と打ち明ける。
「編集長が同じ大学の1年後輩なんですが、よく私に言うんです。50までに本を書けって。ライフワークとしてやっていく仕事をもたないと自分を見失ってしまう。ファッションは流れていくものだからって。耳が痛いけど、本当にそうだと思う」
編集長いわく、学生の頃にあこがれていた場所にせっかくいるのだから、もっと“夢”に近づけるようにしなさい、と。
「彼の口から『ジャーナリスト』という言葉を聞くと弱くて…(苦笑)」
本当に書きたいものって何だろう? 今後やりたいことって? あわただしい日常に流されそうになるなか、ふとよぎる思い…。
近頃は人物よりのものを書くことが増えた。人を書くのは永遠のテーマ。でもファッションを中心に書きたいとは思っているんです。40代になれば外見にその人の中身がにじみ出る。『いくつになってもファッショナブルでありたい』と自分も思い続けたいと読者さんにも思って欲しい。服が好きというのは、書くのが好きと同じくらい私にとっては大切な要素なんです。
誰もができるとは限らない、“あの頃の未来”に立つことができた恵美さん。今後、どんな一歩を踏み出すのか。悩みながらも、きっとチャレンジ精神に満ちた確かな一歩であることは間違いない。
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