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mamalive Interview
娘がいるから頑張れる!結婚、出産、離婚を経てますます美しく、しなやかに生き生きと。アンジェクリニック院長田宮エリーさん田宮エリーさんトップ
田宮エリーさん

プロフィール
京都府出身。京都府立医科大学医学部を卒業後、千葉大学付属病院、皮膚科に勤務。23歳で結婚し、翌年に長女を出産。28歳で離婚後、シングルマザーとして娘を育てる。もともと美容外科に興味があったことから、大学病院を退職した後は都内大手美容外科に転職。美容とアンチエイジングを目的とした医療技術について専門性を高めていく。2008年6月、銀座にある美容外科アンジェクリニックの院長に就任。年齢を重ねてこそ持つ美しさのために、心と体をお手入れすることをモットーとする。
http://www.ange-c.jp

  田宮さんイメージ@

院長でありシングルマザー
子どもへの負担に悩むことも


 可憐で華奢な容姿に、おっとりとした話し方。第一印象だけでは、エリーさんのプロフィールはなかなか想像しがたい。実は、銀座の一等地にある美容外科、アンジェクリニックの院長。しかも、小学2年生の娘を持つシングルマザーである。一風変わったカタカナの「エリー」という名も気になるところだが、れっきとした本名であり、京都に住むお父様が付けたそう。ちなみに、一人娘もカタカナの名前。まんまるな、角のない素直な性格の子に育ってほしいと、「ママリ」と名付けた。その願いどおり、すこやかに明るく育っているママリちゃんだが、母と娘のふたり暮らしゆえ、必要以上に負担をかけさせていることに心が痛む、とエリーさんはいう。
「診察を終えてどんなに急いでも、帰宅は夜の9時近く。シッターさんにも来てもらいお留守番です。作り置きの夕飯をレンジで温めて食べる。淋しいだろうなぁと思います…」
 心配のあまり、夕飯時間を見計らって携帯電話をかけることもある。
「そういう時に限って、『今、テレビを見ているから』とあっさり切られてしまう(苦笑)。でも、そのくらいのほうがホッとしますね。逆に、『今日は何時に帰ってくる?』って娘のほうから電話がかかると、余計に心配になります」
 クリニックのスタッフは、エリーさんの家庭事情を理解してくれているとはいうものの、院長という立場にある以上、無責任なことはできない。スタッフに恵まれているからこそ、甘えすぎてはいけないとエリーさんは自戒する。



愛情だけでは生活できない
価値観の相違から離婚を決意

 エリーさんがシングルマザーの道を選んだのは、ママリちゃんが幼稚園の年中のとき。離婚の原因は、一言でいえば、価値観の相違。出会って3ヵ月で妊娠がわかり、スピード婚をしたふたりはお互いのことを知らなすぎた。ようやく知ったときには、人生のパートナーとして求めるものが違いすぎたのだという。
「妊娠がわかったのは、国家試験を受ける直前。23の時でした。つわりがひどくて、試験当日は何度もトイレに駆け込む始末。そのたびに試験官も付いてきて、ドアの前で待っているんです。あまりにも頻繁なので試験官に同情されるほどでした」
 そんな苦笑いの思い出が残る国家試験だが、無事に合格。その後、出産を経て大学病院での研修医の生活がスタート。それは寝る間もないほどの忙しさ! 楽しいはずの新婚生活も、驚きがいっぱいの子育て生活も、当分おあずけ。生後4ヵ月から子どもを託児所に預け、ひたすら仕事に励む毎日。エリーさんの場合、授乳期ということもあって仕事の量は多少考慮してもらったが、それでも肉体的にも精神的にも過剰なストレスがかかり、ついにはじんましんを発症。そして、その頃から少しずつ少しずつ、夫との仲に軋みが…。
「育ってきた環境や、人生に求めるものが違いすぎたのだと思います。それを結婚前にちゃんと確認出来なかったことが二人にとって失敗でした」
愛情だけでは生活ができない。お互いがダメになっていく。そう痛感したエリーさんは離婚を決意。4年間の結婚生活にピリオドを打った。

田宮さんイメージA









 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両親、園長先生、先輩ママたち
多くの人に助けられて今がある

「両親は早すぎる結婚に心配もあり、二人をなかなか認めてくれませんでした。最終的には『勘当』という形になってしまい、娘が生まれてもしばらくは会ってもらえませんでしたが、きっと辛かったと思います」
 けれど、離婚という事態になると、両親はやさしく手をさしのべてくれた。勤めていた大学病院は辞めていたので、一時は両親の元に戻ろうかとも考えた。
「でも、どうしても“美容医療”がやりたかった。それにはやっぱり東京がいちばん。だから、苦労を承知で娘とふたりで暮らしていくことに決めました」
 知人のツテで都内の美容外科に職を得たが、子どもを預ける保育園が見つからない。年度末という時期が災いしてか公立はすべて断られ、どうしようと困っていたところ、幼児教室の先生から私立の小さな保育園を紹介してもらった。
「そこの園長先生がとてもやさしい方で…。『明日は卒園児のためのカレーパーティーをするから、ママリちゃんもいらっしゃいね』って。出向いた翌日からすぐに登園させてもらったんです」
 離婚してまもなく、新しい環境に馴染むまでの怒濤の日々、いろんな人に助けてもらった。毎月のように京都から両親が通ってくれたのをはじめ、園長先生、保育園や幼児教室で出会った先輩ママたち、職場の仲間…。やさしさが身にしみた。
「あの頃はとにかく無我夢中! どんなふうに毎日を過ごしていたのか思い出せないほど。でも、なんとか乗り越えられて今があるのは、いろんな人に助けてもらったおかげです」




子どもは生きる原動力!
自分が選んだ道を後悔しない

 もしも自分ひとりだったら、こんなにも頑張れなかったかもしれない。 子どもがいたからこそ、離婚後のつらい時期も耐えられたし、やりたい仕事にも向かっていけた。子どもは原動力! エリーさんはそう断言する。
「自分の体から生まれ、その体でつくられた母乳を飲んで大きくなる。それってすごいことだと思いませんか? 子どもを産んだことで、大げさでなく、人生観が変わりましたね」
 それまでの自分は“世間知らず” だった、とエリーさんはいう。両親の元で大切に育てられ、学生時代も同じような環境に暮らす友人たちと過ごし、不自由のないぬくぬくとした日々。それがまったく違う環境に生きる男性と出会ったことでエリーさんの人生は一転。結婚し、子を産み、そして離婚。
「“知らない”からこそできたこと。自分は甘かったと思う。でも、後悔はしていません」
なぜなら、ママリちゃんというかけがえのない子どもを授かったから。だからこそ、娘には幸せになってもらいたいと願う。何かを与えるよりも、彼女がやりたいことを応援し、できる限り邪魔をせず、あたたかく見守っていきたい。
「休日は娘に大サービスしますよ(笑)。普段の日は淋しい思いをさせているから。一緒にカラオケに行けば、娘が歌いたい曲を入れ、タンバリンで盛り上げる!(笑)」
 念願の美容外科の仕事に就き、2年前からはアンジェクリニックの院長を引き継いで、順調にキャリアも積むエリーさん。娘も成長し、女同士の会話も少しずつ楽しめるようになってきた。仕事も家庭も、エリーさんにとって今がようやく充実の時もしれない。

2009.8
Text: Yukie Murosaku
この人に聞いてみたいことD  

Q1. いま一番やってみたいことは?(仕事・子育て以外で)
ダイビング! 今まで紫外線が怖くて海には行かなかったのですが(笑)、いろんな人から潜ると癒されると薦められるので。
Q2. 健康や美容で気をつけていることは?
睡眠をよくとること。
Q3. 最近読んだ(観た)中でおすすめの本(映画)は?
『ダンス・ダンス・ダンス』 村上春樹さんが大好きで読み返しています。 『幸せのちから』 ウィル・スミス主演
Q4.お気に入りの一品を教えてください。
鰻が大好き! いちばん好きなのはひつまぶし
Q5. 気分転換の方法は?
DVDを観たり、ガールズトークをしたり♪ 娘と一緒にカラオケも


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