「子どもを育てていくのに何か手に職をつけようと思ってDTPとホームページ制作の学校に行ったんです。これからの時代はパソコンだ!と思って(笑)」
ちょうど世の中にパソコンが普及しはじめた時代。でも、植松さんはワープロを触ったこともなく、DTPとホームページの違いなども全く知らなかったという。
「もともとチャレンジ精神が旺盛だったので未知の世界に飛びこむことがこわいというのがないんですよ」
特にイラストが得意だったわけでもないというが、勉強を始めるとすぐDTPの資格も取得する。でも、それだけではSOHOとしてやっていけないと見越し、ホームページ制作の勉強も始める。
「学校を出るとすぐに仕事が入ってくるようになって。1、2ヶ月もすると一人では手が回らないようになり、知り合いに声をかけて『R2works』を立ち上げました」
当時は長男が小さく、会社勤めをするのは難しいと考えていたので家でできる仕事がしたいという思いが強かった。
「小さい頃から目立ちたがり屋だったかな。レースを始めたのも女の子があまりいないし、かっこいいかなと思って」
男子よりもよい成績を残し、すぐにスポンサーがついた。二輪雑誌などでは多数の連載ページを持つようになり、一躍二輪界のアイドル的存在に。スカウトされ、女優の仕事も始めるようになる。残念ながらレースは怪我などもあり引退することになるが、そのまま女優の仕事は続けていた。その頃に第一子出産。「戸惑いはありましたが、それよりもせっかく授かった命だから大事にしなくちゃ、という思いのほうが強かったです」 |