母親塾

浜田マキ子さん ビジネス・コンサルタント 月刊「ペルそーな」発行人 浜田マキ子さん
<Profile>
ビジネス・コンサルタント
月刊「ペルそーな」発行人 浜田マキ子さん

1942年東京生まれ、森村学園高校卒業後、日本航空に入社。10ヶ月間スチュワーデスとして勤務。退社後、東京大学(文科二類)入学。卒業と同時に、参議院議員 植竹春彦(叔父)の秘書となる。同じ年に 浜田卓二郎氏と結婚。長男、直人さんをご出産。昭和48年、芝アカデミー(フィニシング・スクール)を設立。平成2年、ハーバード大学外交センターフェローに任命される。ジョージ・ワシントン大学国際評議員、ロンドン戦略研究所IISS正会員、現在はクオリティ・マガジン月刊「ぺるそーな」の発行人を務めるかたわら、精力的な講演活動と執筆活動を行っている。本業は国際ビジネス・コーディネーター。著書に『普通の女』(世界文化社)、『女はみんなジャンヌ・ダルク』(コスモの本)、『キレイはマネから おしゃれは勇気』(DHC)がある。

「若い頃は30歳になったら人生終わりかなと思っていてのですが、30歳どころか50歳になっていろいろ充実してきて、60歳になったらもっと忙しくなって…」とおっしゃるマキ子さん。そのイキイキとした表情やお肌はとても美しい。「年を重ねるごとに心の余裕ができて…。年齢も隠す必要がないですよ。女性は"歳"が味方になってくれるんです。20代の頃の初心を忘れずに、美と活力を保っていれば、このくらいの年齢になったほうが仕事もしやすいと思います。女同士のお付き合いも、50、60代になったほうがとても気楽になりますよ。」



子育てを完璧にしようと思う母親ほど、子育てに悩んでしまうのではないかと、マキ子さんは経験を通して考えるそうです。
「私の母親はダメお母さんで、家にいるときはまずゴロっと横になっていることが多かったですね。お伽話の本は読んでくれのですが、途中で母親のほうが寝てしまうので、残りは自分で必死に読みました(笑)親は少々ダメなくらいの方が、子どもは自ら勉強をしたり、興味があることに打ち込んだりして、立派な大人になっていくと思います。」
マキ子さんは結婚後まもなく直人さんを出産。仕事を続けていたので、その後も実家でお母様とご主人と直人さんと住み、お母様に助けてもらっていたそう。「夫にも母にも遠慮しながら仕事は続けていました。その一方で良い母親にならなければと必死になっていましたね。育児本を読んで勉強もしました。でもその必要はなかったです。母は孫には命をかけていて、彼の朝食を用意してくれたり、お弁当も私には作らせないのです…。とにかく孫の直人を可愛がってくれて、遅まきながら母の愛情を感じ、感謝もしました。今思えば、核家族の中で育つより、おばあちゃまがいろいろしてくれてにぎやかな中で育ったのが、直人にとっては良かったようです。直人はおばあちゃまが大好きでした。母親が子育てに対して完璧にこなすより、家で心穏やかにしている母親なり祖母なりの姿に、子どもはホッとするんだと思います。」

 現在はご結婚され時代の先端ファンド・ビジネスでシンガポールにお住まいの直人さん。付属の幼稚園の試験に抜群のできで合格したのに抽選で落ちてしまいました。ともかくそれ以来、くじや賭け事には拒絶反応、遊び大好き人間ですから天の配慮だったと感謝です。東大出身の両親を持って生まれてきた直人さんにとっては、プレッシャーがあったのでは。「その反発だったのか、勉強はしないし、悪さばかりしていましたね…。直人の自慢は『留年しない程度に勉強するんだ』でしたから。でも私が専業主婦で、直人を監視するように勉強をさせ、一流大学に進学させエリートへの道を進ませても、直人にとっては良くない人生になってしまっていたかもしれない。
ともかくおかげでどこに放り出しておいても生きていく根性があります。優等生だったら逆にこんな時代と未来をどう生きるかと心配になっていたかもしれないですね。」
一人っ子だった直人さんをマキ子さんは甘やかせていけないと思い、高校は全寮制の学校に入れたそうです。校長先生の『何の宗教でもいい、天に手を合わせる心を持っている事を唯一の条件とする』という言葉が気に入って。その後アメリカの大学へ。「自立するのは早かったように思います。最低限、国語が正確にしゃべれて数字と文字が書けさえすればいいと言ってきました。ただし言葉使いや挨拶をきちんとできないといまでもうるさいほど注意しています。
直人は私に似てとてもくいしんぼです。寮のときから内緒で美味しいものを作って食べていました。バレて先生に叱られたときは、その道に進んでもいいといいました。アメリカの大学でともかく英語は自分のものになりましたから、通訳の仕事はまず出来ますね。性格は綿密だから向いているでしょう。ともかくどんな職業についてもいいから自力で生きろといい続けました。でも本人は私が期待する以上に成長しましたね」

自分が自分の人生を見つける。そういう生き方をしているのが最大の子育て。
直人さんが小学校6年生まで大蔵省の役人だったご主人。とても大甘の子煩悩で、学校の行事は欠かさず参加し、家族の時間を大事にしていたそうです。政治家になられてからはともかく忙しくなり、なかなか時間がとれなくなったとか。「政治家をしていたときは二人三脚でがんばってきました。その分、息子には少し寂しい思いをさせたかもしれませんが。親が一生懸命働いて、格闘している姿を見せることが、子どもにとって一番の教育だと思っています。子どもに自立を自然に目覚めさせる第一歩だと。今、主人は弁護士という職業に就き、それぞれ違う分野でがんばりながら、お互いのバランスを取っています。主人がいるおかげで私は積極的に仕事が出来ています。無関心にしてあげるのが夫婦仲良くしていける秘訣かしら。」。


子育て真っ最中のママリブ世代のママたちは悩みも多いはず。マキ子さんがそんなママたちに言いたいこととは。「子育てをしていて、自分の時間が奪われてしまうなどと思わないで欲しいですね。焦らないこと。子育ての期間はこれから先の人生、自分がどういう風に生きるか考える、蓄積する期間だと思います。自分自身のために勉強するチャンスです。」
またお子さんにしてあげ欲しいことが二つあるとか。「母親業はいいかげんでいいと思うのですが、一つは、本を読んであげること、もう一つ大事なことは手作りのものを食べさせてあげることです。本を読んであげることは、子ども向けの本でなくてもいいのです。自分の読みたい大人の本で十分。それを声を出して読んであげることが大事です。子どもなりに理解していくのです。また言葉として耳に残っていくものなのです。手作りのものも一日のうちにひとつでいい、下手であっても、お母さんが自分のために料理を作ってくれている姿を見るだけで、子どもは嬉しいんです。それに料理こそ総合科学、見ているだけで工夫の精神が自然と伝わるのです。」
子育ては格闘技みたいねとおっしゃるマキ子さん。息子とはしっかりと四つに組んでケンカする。子育てに遠慮は厳禁と教えていただきました。「今はどんな職業に就いても、その専門でいい仕事をすれば社会的にも尊敬される時代。"好きこそ物の上手なれ"っていうでしょう。なるべく子ども好きにさせるほうが良いと思います。こういう子に育って欲しいと母親の希望を押し付けないことです。それは子どもには負担になってトラウマをつくってしまいがち。またお母さん自身もそれで悩んでしまう…。そんなのつまらないですよね。過剰に手をかけないこと。子どもを信じて見守ってあげることも大切ではないでしょうか。」






伊原純子 受講を終えて・・・

ドキドキしながらの受講でしたが、思わず「マキ子さんって呼んでいいですか?」とお聞きしてしまったほど、温かく心の大きな女性でした。

とにかく美しい!60代…とはまさか!!です。人生経験が豊富で、突き抜けていらっしゃるという感じなので、お話になる一言一言がずっしりと心に響きました。そんなマキ子さんの格言「ダメな親ほどいい子が育つ」。これ以上の安心感はないですね。

 
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