7月で私が10年間続けてきたイベント会社「有限会社ミューズ」を譲ることになった。
その契約の日の夜、今までスタッフとして一緒に過ごした仲間と飲むことに。後半はほとんど次期社長に任せてはきたけれど、終わりとなると感慨深い。
ついついスタッフと話し込んでしまう。
一人は設立当初から手伝ってくれた直美。今は私の親友。
愛子となっちゃんは一番辛かった時期を超えたかわいい妹たち。
健太郎は一流大学を出て大手に就職したのに辞めてしまい、どうなるかもわからない私の会社に来てくれ今もまだ続けてくれている手のかかる弟。
気心が知れている(私の弱みまで知っている)メンバーだ。
会うのは久しぶりなのに今も一緒に仕事をしているかのように話が盛り上がる。
10年前勢いだけで始めた会社。
独立したいという気持ちなんて全くなかった。そのころ付き合っていた彼が家に転がり込んできて生活費が必要だったから・・・そんな不順な動機で会社を興した。経営のこと、税金のこと全く知らないし、気合と若さで勝負したようなもの。
設立当初はスタイリストの会社に間借をしていた。家賃6万、奥の一室のため窓がなく机3つ入れるといっぱいいっぱい。そんなところからのスタート。スタッフはみんな友だち。
仕事はなんでもした。1人1万円1日150人(電話代、経費を引くと利益率10パーセントもない。労働力を引くとマイナスかも)を派遣したときもあった。朝4時におきて真っ暗な会社に行き、毛布に包まりながら派遣スタッフにモーニングコール。
穴が開けば自分が行く。牛のコスチュームでスーパーに行ったこともあったっけ。夜中12時まで働いてまた朝4時に起きる。遊ぶ余裕なんてなかった。
半年後クライアントに900万円、逃げられた。仕事終了後、そのクライアントにエビフライ定食をご馳走してもらいそれっきり。
おまけに友だちスタッフだからけんかも多かったし、なんでも仕事請けるから忙しいし・・・よくやったと思う。
登録社員も増え大阪ではそれなりに有名事務所になった。うかれてレッスンルームつきの家賃60万の広いオフィスに移り社員も10人はいたかな。
でも運営していくのは大変!クライアントにまた逃げられたり、人間関係に苦しんだり、一人で悩みを抱え孤独なときもあった。頭を下げてお金を借りたこともあった・・・
その会社を譲るときがきた。
辛いときの方が多かったけれど今の自分があるのはミューズがあったから。
人との出会いが一番の財産。いろんな人に助けてもらいここまでくることができた。支えてくれる人たちがいなければ今の私はないと思う。そんな仲間と思い出話をしながらお酒を飲めるときがきたことに感謝。
ミューズでの失敗や経験は時には判断するのに臆病になることもあるが、ほとんど生かされている。
10年間で少しは成長したかな?
スタッフとの接し方が一番の変化。何でも自分でしないと気がすまなかった私が今はスタッフに頼りきっている。頼りすぎなくらい。アナログ人間な私がこんなサイトの運営できているんですから
。
これからの新生ミューズに幸あれ!!そして直美、愛子、なっちゃんに素敵なだんなさんができてママリブ仲間になって欲しい。一番の気がかりです。
そしてそして、気持ちもあらたにママリブがんばって充実させていこうと思う。これからのママリブ、皆さん応援してください 。
伊原純子 |